ひよこまめ子の忘備録

日常で気になったことや、フランス人旦那と一人息子との暮らす日記。

避妊リング体験記(FD-1)

 

第1子出産前までは、すぐにでも、次の子供を作り始めた方がいいのでは?と考えていましたが、予想外の出産体験と過酷な育児の経験により

この状態で年子とか2歳差育児なんて精神的に無理。。。。

と、考えを改めました。

 

私たち夫婦は産後も妊娠できるような日常を送っていただため、2人目が予想外にできては大変!と思い、いろいろと考えた末、授乳中にも影響の出ない子宮内避妊具をつけることにしました。

 

子宮内避妊具はIUDとも呼ばれるもので、小さなプラスチックを膣内に挿入し、受精や着床を遮る機能があります。避妊率は98%とも言われており、一度入れると数年間は入れっぱなしのままでよいと言われています。

 

数年後に2人目を希望する私としては、下記が決め手となりました。

・授乳に影響がない

・いつでも取り外し可能

・出産経験のある女性が対象

・日常生活に支障がない

・費用は3万円程度~

 

早速、装着をしてもらうため、婦人科に行きました。

子宮内避妊具(IUD)は多くの種類が出ていますが、その婦人科で扱っているのは、1種類のみでした。数年前より黄体ホルモン付きのIUDも出ているようでしたが、授乳の影響が心配だったため、普通のタイプを希望していたので、問題ありませんでした。

(希望のIUDがある場合は事前に行かれる婦人科に取り扱いがあるか、調べた方がよいと思います。)

 

その婦人科で扱っていたのは、FD-1という昭和52年から使用されているタイプでした。

実物は見ていませんが、指の第1関節くらいの大きさのものです。

<メーカー商品ページ>

https://www.fujilatex.co.jp/medical/fd-1p-80%E3%80%806%E6%9C%AC%E5%85%A5%E3%82%8A/

 

挿入に関しては、婦人科の先生により、痛みもなくすぐに終わりました。

その後は、経過観察で2か月に1回来るようにと言われました。

(自費診療なので都度お金はかかりますが)

IUD挿入後の生理はというと、若干経血量が増えて、重くなったなと感じました。

その他は日常生活には全く問題はなく、つけているのを忘れてしまう程でした。

 

約2年後、今度は取り外しをしてもらいました。

取り外しは、、、、ズキっとした痛みがありましたが、すぐに治りました。

取り外した避妊具についている生体で子宮体癌検査ができるとのことだったので、

そのまま検査に出しました。

過去に子宮体癌検査をした時に比べると痛さは10分の1くらいでした。

取り外した後、妊娠を希望する場合は、子宮が傷ついているため、生理2回経過後にチャレンジすると良いとのことでした。

 

以上、子宮内避妊具(IUD)体験談でした。

出産経験者で、これ以上子供を作りたくない方、計画的に出産したい方おススメです。

但し、避妊率は100パーセントではないため、100%を求める場合は他の避妊具との併用がよいと言われています。

また、性感染症は防げないので、パートナーが決まっている方向けかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪すぎるフランス旅行の思い出

旦那と出会う10数年前、初めてのフランスで最悪な経験をしました。

 

当時、バックパッカー旅行にハマっていた私は、イギリスでの短期留学を終えた後、

いとこの住むパリを訪ね、その後ヨーロッパ大陸を旅する計画をしていました。

※いとこは現地のフランス人と結婚しパリに住んでいた。

 

ロンドンからEasyjetというLCCで早朝便でパリに降り立った私は、

パリ市内のいとこの家に向かおうと空港のバス乗り場に向かったけれど、

バス乗り場は長蛇の列だったため、仕方なく電車で向かうことにしました。

(それが後々最悪の選択だったとは知る由もありませんが、、)

 

車内はとっても空いていたけれど、盗難に合わないため、下記の対策をしていました。

・誰も座っていないボックスシートの窓側に座る。

・貴重品を入れたカバンは誰にも盗られないように窓(壁)側と自分の間に置く。

 

 

出発して40分程経ったころ、一人の白人男性が何かを話しかけてきました。

小声で何語を話しているかも聞き取れません。

座ったまま、体をそちらに向けて耳を傾けましたが、わからないので、英語でわからないと伝えると、彼はオーケーと言って去っていきました。

その後、15分程経過してから降りる駅が近づいて、、、

重いバックパックを背負って準備をしていたところ、、、、

 

ない!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

窓際に置いていたはずのカバンがない!

カバンには、全財産、パスポート、いとこの家の住所のメモ書きが入っていました。

もしや、さっきの白人男性が盗った?

いや、一人だったし正面から見てたし、ありえない!とパニックになりながら、とりあえず、目的の駅で降りました。

いとこの家の住所は通りの名前までは憶えていました。

 

「とりあえず、その通りまで行ってみよう」

と向かってみたものの、やっぱりその後の住所が思い出せません。

 

インターネットカフェさえ使えれば、Emailにいとこの住所が残っているけど、

1ユーロさえも持っていないため、使用することができない。

パスポートもないから身分も証明できないし。。

途方にくれて、教会の前で一人でシクシク泣いていました(笑)

 

すると、通りすがりのベビーカーを押していた女性が英語で「どうしたの?」と声をかけてきました。経緯を話すと、「とりあえず、鉄道警察に行きなさい」と言ってくれました。パニックすぎて、警察に行くという頭がなかった私は急いで鉄道警察に向かいました。

 

鉄道警察についたものの、英語を話せる人がおらず、1時間程待たされました。

やっと通された部屋では、盗難証明書は書いてくれましたが、

下記のことを言われました。

・泥棒はきっと二人組。一人が私の気を引いている内に、後ろから手を延ばして盗ったのではないか。

・泥棒はフランス人ではない。だから私たちはわからない。

・もっと忙しい案件があるから、あんた日本人ならさっさと日本大使館に行け

と冷たくあしらわれました。

もうこの時点でフランスが大嫌いでした。

 

日本大使館に向かう電車の中で、爆音のスピーカーを持ったアラブ系の若者がヒップホップを披露していました。披露し終わると、乗客からチップを集めていました。

例によって、私の前にもきて「マネー」というので、「ノーマネー!」と叫んだところ、「君、英語が話せるの?」という謎の返答があり、ますますフランス嫌いに。

 

日本大使館は、シャンゼリゼ大通りのすぐ近くにあり、もちろん凱旋門も見えたのですが、クサクサした気分だった私にとって全てが負の象徴に見えた(笑)

やっとたどり着いた大使館は、なんと「休館」。

そう、この日はジャンヌダルクが起こしたフランスの革命記念日だったのです。

(この日ほど、ジャンヌダルクを恨んだことはない、、)

大使館の前には、「緊急の場合はこちらに電話を」という貼り紙と共に電話番号が書いてあったけど、私には、電話をかけるお金もなく。。。。。

途方にくれて、またシクシク泣いていると、大使館の警備の人が声をかけてくれました。事情を説明すると、僕の携帯電話を使っていいよと言ってくれました。

その電話で日本大使館の人に電話すると、すぐに駆け付けてくれました。

但し、休館日なので、館内のシステムでいとこの住所を検索することはできないとのこと。

インターネットカフェの利用代金さえあれば、という話をしたところ、心配だからと、

200ユーロ貸してくれました。(自腹で)

パスポートもないため、本当に日本人かわらないのに、快く貸してくださり本当に感謝でした。

 

その後は無事にいとこの家まで辿りつくことができました。

 

この時、私は新しいパスポートが発行されたら、一刻も早くフランスを出て、二度と戻らないことを誓ったのでした。

 

それが、まさかフランス人と結婚することになるなんて、、、、

 人生何が起こるかわからない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のフランスに関する知識

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2015年に東京で出会ったフランス人と結婚しました。

実は、過去の旅行経験から、フランスにはあまり良いイメージがなく、なんとなく避けてきた国でした。

 

私が持つフランスのイメージといえば、、、

1.毎日フランス人はフランスパンを食べる。

2.フランス語を愛しているため英語は話さない。

3.プライド高い

4.マリーアントワネット

 

。。。くらい。

フランス語??、、、、東北弁と区別がつきません。

※旦那との会話は英語

 

過去にアメリカ在住経験のある私は、欧米というくらいだし、文化もアメリカと一緒でしょ。と思っていたら、大間違いでした。(フランス関係の皆さま、申し訳ありません。。。)

現状、私の知るフランス人は旦那のみのため、偏りがあるかもしれませんが、日々の発見、日常で起こることフランスに関係のないことでも日常で知ったことなどを徒然と記述していこうと思います。